会社概要
ごあいさつ
日に千両を商うと言われた日本橋魚河岸。
そこに働く方々に愛され可愛がられたところから出発した弊舗は、江戸の皆様と共に育って参りました「江戸・菓子屋」でございます。
弊舗は平成19年に創業150年の節目を迎えましたが、伝統に胡坐をかくことなく「温故知新」の社風の下、時代を先取りした提案を続けて参りました。伝統は古くカビを生やすものではありません。常に磨き上げ、時代時代に合わせた光輝くものであることにこそ、その価値を発揮出来ると確信しております。「食の安全」が今ほど叫ばれている時代はありません。
弊舗は「味は親切にあり」を社是とし、原料に吟味を重
ね製法にこだわり、美味しさと品質を第一にお菓子をお届けして参りました。今後もお客様に安心してお召し上がり頂けますよう、心の豊かさをお届け出来る菓子作りに励んで参りたく存じております。
株式会社榮太樓總本鋪 代表取締役社長

会社沿革
| 安政4年 | かの黒船来航の頃、三代目細田安兵衛(幼名榮太郎)が、井筒屋と称して父の代迄、菓子商として続けてきた屋台店をたたみ、日本橋西河岸(現在の榮太樓ビルの地)に独立の店舗をひらいたのがはじめであります。その後屋号を自己の幼名に因んで榮太樓と改め、「甘名納糖」「梅ぼ志飴」「玉だれ」などを創製しました。創業時代の名代「金鍔」をはじめ、これらの創製品と、商に対する誠実一途の姿勢が顧客の信頼を得るところとなり、幾多の有為転変にもかかわらず、明治・大正・昭和・平成と、時代とともに業績は躍進し、堅実な基礎を固めるに至りました。 |
|---|---|
| 昭和15年 | それまでの個人商店を「有限会社榮太樓總本鋪」に改め、四代目細田安兵衛が榮太樓二代目社長に就任。経営を時代の変遷に合うものと致しました。 |
| 昭和22年 | 細田修三が榮太樓三代目社長に就任。喫茶室を設けていち早く戦後の事業復興の機を掴み、同時に、製造を業務とする「榮太樓食品工業株式会社」を設立して企業の基礎を固めました。 |
| 昭和26年 | 昭和26年 渋谷東急 東横のれん街に出店、以後東京及び全国の有名デパートののれん街に漸次進出して生産能力の倍増を図りました。 |
| 昭和37年 | 地下3階地上9階の榮太樓ビルを竣工させ、経営も飛躍的な発展を遂げました。 |
| 昭和46年 | 四代目社長に細田恕夫(後に六代目細田安兵衛を襲名)が就任。 |
| 昭和47年 | 体質改善と一層の近代化を目ざして、販売部門の「榮太樓總本鋪」と製造部門の「榮太樓食品工業株式会社」が合併して「株式会社榮太樓總本鋪」となりました。 |
| 平成6年 | ストアー市場に飴で本格的に進出。 |
| 平成7年 | 五代目社長に細田治が就任。 |
| 平成12年 | 六代目社長に細田達が就任。 |
| 平成17年 | 七代目社長に細田治が就任。 |
| 平成20年 | 八代目社長に細田眞が就任、現在に至っております。 |



ごあいさつ・沿革
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