榮太樓本舗の歴史

1818
「井筒屋」と称して菓子商を営む
初代徳兵衛が長孫の安太郎(初代安兵衛)と次孫の安五郎を連れて飯能横町から出府し江戸へ出てきて拳煎餅を売り出し店を構える
1857

榮太樓總本鋪 創業
三代目細田安兵衛(幼名栄太郎)が、父の代まで井筒屋と称して菓子商を営んできた屋台店をたたみ、江戸日本橋で、金鍔を焼いて商っていた日本橋西河岸(現在の榮太樓ビルの地)に独立の店舗を構える
やがて屋号を自らの幼名栄太郎にちなんで「井筒屋」から「榮太樓」に改号。

有平糖 梅ぼ志飴/甘名納糖(文久年間)/玉だれ創製する

1875
「郵便報知新聞」(1月13日刊)榮太樓の繁昌ぶりが記事となる
1877
上野で開催された第一回内国勧業博覧会では、甘名納糖で優等賞受賞
1885
イギリス ロンドン サウスケンジントンで開催された「万国発明品博覧会」に榮太樓が参加、出品
出品作品
  • 嵌物(大型の打物)
  • 金玉糖
  • 改良長命糖(寒氷のようなもの)
  • 練羊羹
1892
有平糖 梅ぼ志飴の保存方法として現在のような印刷罐などを考案
1923
関東大震災で榮太樓の店舗や工場も灰燼に帰すが、四日後には従業員を集め饅頭を作り箱車に積んで販売する


初代榮太樓
三代目 細田安兵衛
(幼名 栄太郎)


昔は胡麻付でなかった金鍔


明治10年代ごろの店舗


明治中期から昭和10年頃まで使用した甘名納糖の桐箱


明治38年カステラの桐箱


明治中期から関東大震災までの店舗