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嘉祥祭菓子を支える二人の職人-受け継がれる職人の技と想い- | NEWS

2026/06/15その他

嘉祥祭菓子を支える二人の職人-受け継がれる職人の技と想い-

6月16日の和菓子の日に合わせ、毎年山王日枝神社の嘉祥祭へ奉納される干菓子。

山王嘉祥祭について詳しくはこちらをご覧ください。

https://www.tenkamatsuri.jp/wagashi/

 


その小さな一枚には、二人の職人の技が受け継がれています。

一人は文字や文様を刻む型紙職人。もう一人はその型紙を使い干菓子へ仕立てる菓子職人。

普段は表に出ることのない手仕事の現場を訪ねました。

 

- 染色型紙職人 青木裕之氏 -

 

江戸の染色型紙を手掛ける青木裕之氏。手ぬぐいや浴衣などに使われる型紙を彫り続けて50年。今回の嘉祥祭菓子に使用する型紙の制作を担いました。

「この仕事は伝統工芸って言われることもあるけれど、実際は裏方だからね」

作業は想像以上に繊細です。蝋を塗った紙に中心線を引き、図案と寸分違わぬように合わせて固定したうえで、小刀一本で文字や円を彫り抜いていきます。

 

 

ほんのわずかでも刃が入っていないと紙は抜けない。長年の経験による手加減と判断が求められます。

一方で、素材や道具の変化、和紙の供給問題、そして後継者不在という課題も抱えています。それでも青木氏は「この仕事をやれる人がいないからお願いされる。それはやっぱり嬉しいね」と静かに語りました。

 

― 型紙に命を吹き込む職人 長野佑治氏 -

 

完成した型紙は、長年にわたり嘉祥祭の干菓子づくりを支えてきた長野佑治氏の工房へ渡ります。その職人歴は55年。寒天と砂糖から作る寒氷を乾燥させ、さらに砂糖と卵白を混ぜた「すりみつ」を型紙で一枚ずつ刷り込んでいく。完成までには5~7日を要します。

「紙が透明ならいいんだけど、見えないんだよね。最初は見えても、みつが付いてくると全然見えなくなる。真ん中の穴の部分が難しい。穴がなければ綺麗にいくんだけど、それだと六文銭にならないからね」

 

 

型紙がすりみつで汚れていく中、ズレないように位置を合わせ続ける。その繰り返しは高い集中力と経験を要する職人技でした。

長野氏は、今回の嘉祥祭菓子との関わりについて「おそらく祖父の代からだから、戦後くらいじゃないですかね。その頃からのお付合いですよ」と振り返ります。

ただその表情の裏には危機感もあります。

「この作業は自分しか出来ないんですよ。私がいなくなったら終わりです。弟子に技術を教えても需要がないんですよね」

かつてはたくさんいた落雁の彫師も、今では高齢化でみんなやめてしまったといいます。

 

興味深かったのは、二人の職人がお互いの仕事に強い関心を示していたことです。

青木氏は

「この型紙がどんな風にお菓子に使われるのか気になるよね」

長野氏は

「この型紙、どうやって彫ったんだろうね、抜けないように色々工夫しているんでしょうね」

と語りました。

型紙を彫る職人と、その型紙を使って菓子を仕立てる職人。どちらも表に出ることは少ない。しかし、その手仕事がなければ祭礼菓子は生まれません。

和菓子の日を前に尋ねた二つの工房で見えたのは、長い年月をかけて受け継がれてきた技術と、それを支える職人たちの誇りでした。

 

こうした職人たちの技に支えられながら、和菓子の文化は現代へと受け継がれています。

和菓子の日は、1979年(昭和54年)に全国和菓子協会によって制定されました。その由来は、848(嘉祥元年)6月16日に疫病退散と健康招福を願い菓子を供えた「嘉祥」にあります。

当社でも毎年6月16日に合わせ「嘉祥まんじゅう」を販売しております。

古くから受け継がれてきた和菓子文化に想いを馳せながら、この時期ならではの味わいをぜひお楽しみください。

 

広報部

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